冨金原 完(ふきんばら・まもる)さん│77歳│島根県浜田市
取材/原口真吾(本誌)

 大学時代から生長の家の伝道活動に励んできたが、生長の家の深い真理を本当に体得できているのか疑問に思い、信仰者としての迷いを感じていた。50歳を迎えた頃、「信仰者は祈りと奉仕活動で魂を磨く」という、生長の家の本にあった言葉に胸を打たれ、自宅周りの草刈りを始めると、いくつもの気づきがあり、信仰が深まっていった。

この教えは本物だと直感して

 

「草刈りは私にとって宝であり、人生の師匠です」と語る冨金原さん。着用しているネクタイは、たくさんの小さな「ありがとう」の文字が印刷された特注のもので、特別な日に使っている。自宅の庭で(写真/高木あゆみ)

「草刈りは私にとって宝であり、人生の師匠です」と語る冨金原さん。着用しているネクタイは、たくさんの小さな「ありがとう」の文字が印刷された特注のもので、特別な日に使っている。自宅の庭で(写真/髙木あゆみ)

 冨金原完さんが初めて生長の家の教えに触れたのは、父親が信仰していた生長の家の早朝行事に参加するため、小学校4年生の夏休みに姉とともに地域の道場に連れて行かれたのがきっかけだった。

 「聖経『甘露の法雨』*1の読誦や神想観*2の実修は、子どもにはなかなかハードルが高いものでしたが、周りの大人たちに褒められ、行事の後にはお茶やお菓子も出してくれるので、それが楽しみで早朝行事に通いました。ですが、夏休みが終わるとそれっきりになってしまいました」
*1 生長の家のお経のひとつ。現在、品切れ中
*2 生長の家独得の座禅的瞑想法

 その後、大学進学を機に一人暮らしを始めたとき、姉が『生命の實相』*3全40巻を贈ってくれた。久しぶりに生長の家のことを思い出し、懐かしい気持ちで本を手にとった。小学生の頃、早朝行事で唱えていた「万物はこれ神の心、万物はこれ神のコトバ」「物質にて成るもの一つもなし」といった教えが、体系的に説かれていることに興味を覚え、次々と読み進めていった。
*3 生長の家創始者・谷口雅春著、日本教文社刊。全40巻

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 そして全巻を読破したとき、不思議な体験をした。

 「ふと顔を上げると、部屋の中が金色に光り輝いていたんです。本も机も筆記用具もすべてが……。そして窓から外を見ると、家や木々も輝いていました。神が創られたままの完全円満な実相*4世界を垣間見たような気がして、この教えは本物だと直感しました」
*4 神によって創られたままの完全円満なすがた

 その後、生長の家青年会*5の一員となり、仲間たちとともに真理の研鑽に励むようになった。その中で特に印象深かったのは、「そのままの心」「幼子のような心」で信仰することの大切さだった。
*5 12歳以上40歳未満の生長の家の青年男女の組織

 「仲間たちは、どんなことでも笑顔で気持ちよく引き受け、さっと行動に移す『ハイ・ニコ・ポン』を徹底していました。それに倣って、元気に『ハイ』と言うと心が定まり、何でも成し遂げられるという力が湧いてくるのを感じました」

 27歳で結婚し、長男に恵まれ、2年後には生長の家地方講師*6になった。それに伴って教えの知識は増えていったが、人に指導できるほど真理を本当に体得できているのかと疑問に思い、信仰者としてのあり方に迷いを感じるようになった。
*6 教えを居住地で伝えるボランティアの講師

私に足りなかったのは愛行だった

 

 転機が訪れたのは50歳の頃だった。生長の家創始者・谷口雅春師(*7)の著書を開くと、「信仰者は祈りと奉仕活動で魂を磨く」と書かれていて、この言葉に胸を打たれた。
*7 昭和60年昇天。

 「『信仰生活というものは、永続する行の生活』だと、かつてある講師から諭されたことを思い出し、私に足りていなかったものは、生長の家が大切にする行の一つ、『愛行』(*8)だったと気づいたんです」
*8 愛の行い

 自分が人のため, 社会のためにできることは何だろうか。そう考えながら日課のジョギングをしていたとき、夏の日差しを浴びて、道路脇の雑草が歩道にまで伸びてきているのが目についた。まずは自宅周辺の道路から草刈りを始めることにした。

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 汗を流して無心に草を刈り、すっきりとした道路を眺めると、何とも言えない清々しい気持ちになった。

 「草刈りを日課にして、少しずつ範囲を広げていきました。秋になって、落ち葉の掃除をするようになり、掃いても掃いても降って来る落ち葉に、うんざりしたこともありましたが、次第に『掃除をしている』という意識から『掃除をさせていただいている』という気持ちに変わっていったんです。掃除は自分の心を浄める行なんだと実感しました」

落ち葉を掻き集め、側溝の泥やゴミも丁寧にさらう。「今は、ただ感謝の思いでさせていただいています」(写真/髙木あゆみ)

落ち葉を掻き集め、側溝の泥やゴミも丁寧にさらう。「今は、ただ感謝の思いでさせていただいています」(写真/髙木あゆみ)

 すると、今まで目に入らなかった自然の美しさが見えてきた。道すがら出会う人々や、家族、友人の美点にも気づくようになり、感動することが増えていった。

 「掃除という地域貢献を通して、信仰者としてのあるべき姿がはっきりと分かったように思います。生長の家では、人間社会だけでなく、動物・植物・菌類や鉱物なども含めた、地球全体の問題の解決を目指してさまざまな地球社会貢献活動に取り組んでいますが、その重要性を改めて感じています」

人の喜びは自分の喜びに通じる

 

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 草刈りを始めてから20年経った頃、周囲から「私にも手伝わせてください」という言葉をかけられるようになった。

 「周りの人たちに『あいつは本物だ』と思ってもらえた気がして、本当に嬉しかったですね。今は、協力を申し出てくれた近所の方たちと力を合わせて、駅のホームの草刈りや、植栽の剪定をしています」

 長年、草刈りを続けてきて実感したのは、「人の喜びは自分の喜びに通じる」ということだった。さらに冨金原さんは、「神の大生命に生かされているという絶対的な感謝の思いが湧いてきた」と話す。

 「振り返れば、若い頃に生長の家の教えに触れたことも、地域のために草刈りを始めたことも、私の天命だったように思います。年齢を重ね、草刈機を支えるのが辛くなったら、今度は手で草を引き、自分の心境や信仰がどう深まっていくのかを見極めたいですね」

 そう語る姿が印象深かった。

自宅から1キロ半ほどのところに海が広がり、冨金原さんのジョギングコースになっている(写真/髙木あゆみ)

自宅から1キロ半ほどのところに海が広がり、冨金原さんのジョギングコースになっている(写真/髙木あゆみ)