旅には、人を変える力がある。フォトグラファーとして活動し、本誌に「一緒に世界を見よう」を連載しているT.A.さんは、2019年6月から9月にかけて、娘(当時5歳)と一緒に、中東・ヨーロッパへの旅に出た。「出会い」の魅力についてTさんから話を聴いていると、異なる文化や、そこで生きる人々への理解を深めることの大切さに改めて気づかされる。国や人種が違っても、人間は皆ひとつなのだ、と。

T.A.さん 熊本県合志市・36歳・写真家 取材●中村 聖(本誌) 撮影●堀 隆弘

T.A.さん
熊本県合志市・36歳・写真家
取材●中村 聖(本誌) 撮影●堀 隆弘

旅ほど面白いものはない

 取材当日、T.A.さんに案内されて、田園風景が広がる南阿蘇村を訪れた。よくこうした場所に一人で来て、景色を眺めたりしているのだという。

 愛用のカメラを携えたTさんが、近くで草刈りをしていた男性に、「写真を撮らせて下さい」とにこやかに声をかける。男性は快く承諾してくれた。

「家族の日常風景などを撮るのが得意ですね。世界の平和は、家庭のなかから始まると思ってるんです」

「家族の日常風景などを撮るのが得意ですね。世界の平和は、家庭のなかから始まると思ってるんです」

「海外でも、いろんな人に、全然抵抗なく声をかけちゃうんです。才能だと思いますね(笑)。『旅ほど面白いものはない』と思っていて、人と出会うことが楽しくてしょうがないんです」

 大学生の頃に、交換留学生として半年間、ベトナムのハノイに住んでいたことがあり、それが「旅好き」になった原点でもあるとTさんは話す。

「一人旅が好きなんですが、観光地や買い物にはまったく興味がなくて。ベトナムにいたときに、ハノイからホーチミンまで縦断したときも、あえてバスを使って、現地の人と交流しながら旅をしたんです。自分がいかに小さな世界で生きていたのかを実感して、とてもいい経験になりました」 

「黒柳徹子」になりたくて

 旅先で出会った人々とのふれ合いを通して、少しでも相手への理解を深めようとするTさんの根底にある想いは、なんだろうか。

「小学生くらいのとき、『なぜ世界には、ご飯を食べられない人がいるのか』と疑問に思い、ずっと葛藤があったんです。それで、自分のできることから、平和な世界の実現のために役立つことをしたいと思うようになりました。ユニセフの親善大使をされている黒柳徹子さんに憧れて、高校の進路指導の先生に、『徹子になりたいんです』って相談したこともあります(笑)。誰もが幸せになれる世界をどうすれば実現できるのかを、ずっと考えてきました」

 大学進学後は、開発途上国における労働環境や生活環境の改善などを目的とする「フェアトレード(*1)」の啓発活動に、熱心に取り組んだ。しかし、当時はまだ認知度もあまり高くはなく、大変な面もあったという。

「講演会の開催をお願いしても、怪しまれて断られたりしましたね。でも、熊本市をどうにかして『フェアトレード・シティ(*2)』にしたいという目標があったので、頑張って続けることができました。先輩方や仲間と一緒に努力したことが実を結び、2011年6月に、アジア初の『フェアトレード・シティ』として、熊本市が認定を受けることができたんです」

フォトグラファーの道へ

 24歳で結婚した後も、「フェアトレード」を広める活動を続けていたが、30歳になった辺りで、自分のなかで区切りをつけたという。フォトグラファーとして活動を始めていたTさんは、写真の仕事に本腰を入れていこうと決心する。

「娘は帰国後も全然変わりません(笑)。そういう性格が、すごくかわいいなって思いますね。それは求めてなかったし、それでいいと思ってるんです」

「娘は帰国後も全然変わりません(笑)。そういう性格が、すごくかわいいなって思いますね。それは求めてなかったし、それでいいと思ってるんです」

「小学生のとき、父が買ってくれたインスタントカメラをいつも持ち歩いて、あちこちで写真を撮っていたんです。ベトナム留学中に、現地で撮った写真をSNSにアップしたら、色んな反応をもらえたことも大きかったですね。人の価値観を変えられるような写真家になろうと決め、写真を通じて、世界平和に貢献していきたいと思ったんです」

 自分がどんな写真を撮っていきたいのかを教えられたのが、2016年に発生した熊本地震だったとTさんは話す。

「地震のあと、娘と一緒に被災地を訪れて、様々な人たちに話を聴いて回ったんです。メディアには取り上げられない人たちにも、それぞれの人生があるわけですよね。苦境の中にいても、力強く生きている人たちがいるということを発信したいと思ったことが、いまの活動につながっています」

心の向くまま旅に出る

 32歳で離婚した後、ずっと関心を持ち続けていた難民問題について取材をするため、(当時5歳)と一緒に、海外への旅に出ることを思い立つ。

「娘は『日本にいたい』って言っていましたね。でも、きっと良い経験になると信じていたし、私がやりたいことを娘に見せるのも大事だと思ったんです。だから娘には、海外に行く理由などについて何度も話をし、自分の思いをしっかりと伝えるようにしました」

 2019年の6月から9月にかけて、中東とヨーロッパを110日間かけて回った。ドイツのマインツからスタートし、トルコやヨルダン、さらには北欧、イギリスなどを経て、スペイン最南端の町タリファまで、14カ国、29都市を巡った。

「スケジュールを全く決めずに出発したんです(笑)。『そういえば、スウェーデンに友達いたな』とか、そんな感じで目的地を決めていましたね。旅を通して、友達をつくることが一番の国際理解になると強く実感しました。大切なのは、先入観を持たず、『相手の生きてきた背景について深く知る』こと。そうすることが、差別や偏見をなくし、平和な世界の実現につながっていくと思います」

 小さい頃から、母親を通じて、生長の家の教えを伝えられていたTさんは、旅を続けて行く上で、教えが大きな心の支えになったと話す。

「不安なときに神想観(*3)をすると、『いつも神様が守ってくれている』という安心感で心が満たされていくんです。子どもの頃から、『人間は神の子で、無限力がある』と教えられて育ってきた私にとって、生長の家の教えは、揺れ動く心を整えてくれる、方位磁針のような存在です」

愛を受け取ることの大切さ

2014年に、「世界平和をめざすフォトグラファー」として、「はちどりphoto」を立ち上げた。講演会活動などにも精力的に取り組んでいる

2014年に、「世界平和をめざすフォトグラファー」として、「はちどりphoto」を立ち上げた。講演会活動などにも精力的に取り組んでいる

「ヨルダンで出会ったタクシーの運転手さんが、と私の写真を撮ってくれたんです」と、Tさんは嬉しそうに振り返る。

「その運転手さんからは、今でも時折連絡があり、先日もバラの花束の写真を送ってくれました。言葉が通じなくとも、心を通じ合わせることはできるんですよね。生長の家には『万教帰一(*4)』という教えがありますが、国籍や宗教などに関係なく、人間は皆同じ『神の子』なんだなって思います」

 今後も、この旅で得た経験を様々な形で発信していきたいとTさんは話す。

「旅行中は本当にたくさんの人たちに助けられ、心から感謝しています。手を差し伸べてくれる人に対して、遠慮するのではなく、その思いを受け取ることも愛の表現なのだと学びました。すぐに恩返しができなくても、返せるときに違う形で、その愛を与え返せばいいんだなって。いつかまた自由に旅に出られるときがきたら、ぜひ多くの人に、異なる文化の面白さにふれて欲しいと思いますね」

*1 発展途上国の農産物や雑貨などを、適正な価格で継続的に輸入・消費する取組み
*2 民間団体、企業、店舗などと自治体が協力して、フェアトレードを推進している都市のこと
*3 生長の家独得の座禅的瞑想法
*4 すべての正しい宗教は、同じ真理を時代、地域に応じて説いているという生長の家の教え