芸術作品における作者の「こだわり」は、「自分らしさ」として評価されるなど、肯定的に受け止められる側面があります。例えば、私が担当している生長の家主催の芸術展(生光展)の手工芸品部門の作品は、作者の「こだわり」や「自分らしさ」が作風として表れているものが多いです。それは「こだわり」が、自分が納得のいくまで作品の質を高め上げる原動力となるからだと言えるでしょう。

新たな世界の扉が開く
しかし、時にその「こだわり」によって生きづらさを感じている方もいらっしゃるかもしれません。こだわるという言葉の意味を辞書で引くと、「心が何かにとらわれて、自由に考えることができなくなる。他人からの働きかけをこばむ」(『大辞林』三省堂刊)とあります。
つまり、「こだわり」による生きづらさの正体は、「自分はこうでなければならない」などといった執着心であると言えそうです。
そのようなこだわりを手放して成功した事例は数多くあります。一例として分かりやすいのは、日本の人気バンド「Mrs. GREEN APPLE」(以下、ミセス)です。
ミセスは2015年のメジャーデビュー以降、フェーズ(段階)を区切って活動しています。2015年~2020年までの「フェーズ1」では、ロックバンドとしてのスタイルにこだわりが見えました。
その後、活動休止期間やバンドメンバーの脱退などを経て、2022年から始まった「フェーズ2」では、バンドスタイルにこだわらない様々な活動を通じて躍進してきたのは、皆さんの記憶にも新しいのではないでしょうか。例えば、ダンスを取り入れた点や、メンバーが映画やドラマなどで、役者としての活動も始めたことが挙げられるでしょう。
このように、一つのこだわりを手放すことで新たな世界の扉が開かれ、さらに自由に伸び伸びと生きられる可能性が広がると言えます。

すでにすべてが自分の内に備わっている
谷口雅宣・生長の家総裁は、『日々の祈り──神・自然・人間の大調和を祈る』*1にある、「捨てることで自由を得る祈り」の中でそのことについて次のように示されています。
*1 生長の家刊
我々が肉体生活を送るこの世界は、「得ることで捨て」「捨てることで得る」世界である。「得る」ことも「捨てる」ことも自己表現の一部である。(224ページ)
私は、得ることに執着せず、捨てることにも執着せず、また同時に得ることに感謝し、捨てることにも感謝して、自由自在の境涯を歩むのである。(228ページ)
生長の家では、神様が創られた本当の世界はそのままで完全円満な実相世界*2であり、人間も同様に神様が創られた完全円満な神の子であると説きますから、すでにすべてが自分の内に備わっていると考えます。だから、五官(目・耳・鼻・口・皮膚)で生きるこの現象世界においては、「得る」ことも「捨てる」ことも、いずれも自己表現の一面だと言えるのです。
*2 神が創られたままの本当の世界
つまり、完全円満な神の子であることを自覚し、すべてが自分の内に備わっていると考えられれば、一つのものに執着する心が解き放たれて、自由自在に伸び伸びと生きることができるというわけです。
自分の中にある無限の可能性を信じ、自由な心で生きていきましょう。

中根敏也(なかね・としや)
生長の家本部講師補
生長の家国際本部勤務。SNIクラフト倶楽部部長。愛知県出身。持病のてんかんをきっかけに教えに触れる。ギターや和太鼓演奏が趣味。





