田中耕三(たなか・こうぞう)さん│75歳│埼玉県熊谷市
取材/多田茂樹

 27歳の時に肝炎を患い、入退院を繰り返した。病室で隣り合わせた男性から勧められ、生長の家の誌友会*1に参加して教えを学び始めた。教えられた通り、周囲の人に物に事に感謝するように努めながら、「病は迷った心が仮に現れているだけで本来ない」という信仰を深めていった。すると、47歳になった時に、C型肝炎の有効な治療法が発見され、長年の苦しみから解放された。
*1 教えを学ぶつどい

27歳で肝炎を発症

 

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 田中耕三さんが肝炎を発症したのは、1978年、設計事務所に勤務していた27歳の頃だった。3年間も入院生活を送り、退院はしたものの一時は寝たきりに近い状態になって、その後も入退院を繰り返す日々を送った。

「少し動くだけでも強い倦怠感に襲われ、安静にしている時間の方が長かったです」と、当時を振り返る。

 田中さんが初めて生長の家の教えに触れたのは、肝炎を発症する6年前、21歳の時だった。友人宅の本棚にあった『生命の實相』*2を読むと、明るい心の持ち方や親への感謝の大切さなどが記されていて、いいことが書かれている宗教哲学の本だなと思ったものの、その時はそれで終わった。
*2 生長の家創始者・谷口雅春著、日本教文社刊。全40巻

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 やがて肝炎を患い、日赤病院に初めて入院した際、生長の家を熱心に信仰する隣のベッドにいた患者から「誌友会で良い話が聞けるから退院したら行ってはどうか」と誘われ、『生命の實相』を読んだ時の記憶が蘇った。病状が落ち着き、30歳で退院すると誌友会に参加した。

 そこで話を聴くうち、『生命の實相』は生長の家の宗教的教えを説いた書だったことが分かり、実家近くの誌友会場に毎月通うようになった。

「『人間は本来完全円満な神の子である』とか、『病は迷った心が仮に現れただけで本来ない』といった教えを聴くと、カラカラに乾いた喉に清水が染み渡るように感じ、心が満たされる思いがしました」

真理の教えが心の支えに

 
 当時、病状が少し落ち着いて退院していたとはいえ、「入院していても、治る見込みはない」と判断され、やむなく退院したというのが実情だった。仕事も辞め、誌友会への参加以外は実家の離れで寝ている日々が続いていた。

「母は心配して、毎日3度の食事を運んで世話してくれました。母には本当に感謝しかありません」

 そんな中でも、誌友会で真理の話を聴き、人や物、事のすべてに感謝するよう努めるうち、少しずつ元気を取り戻した。そして32歳の時、かつての職場で出会った現在の妻と結婚。それを機に仕事の再開を決意し、突然の体調不良にも対応できる建設会社の清掃の仕事に就き、やがて1人の子どもにも恵まれた。

「木の伐採作業をしたおかげで、境内に明るい陽射しが届くようになりました」と田中さん。諏訪大明神を祀る神社で(写真/堀 隆弘)

「木の伐採作業をしたおかげで、境内に明るい陽射しが届くようになりました」と田中さん。諏訪大明神を祀る神社で(写真/堀 隆弘)

「体に爆弾を抱えているような不安はありましたが、体を動かして掃除をすると、働くってこんなに楽しく嬉しいものなんだと初めて分かりました」

 次第に体調も安定していって、37歳のとき、20代の頃に知り合った方の紹介で、建設会社の仕事に就くことができた。

切なる思いで治療に向き合う

 
 そんな39歳の頃、C型肝炎ウイルスが発見され、田中さんもC型肝炎と判明した。その8年後には、インターフェロン療法が有効であることが分かって、治療を受け始めた。効果がなかなか現れず苦しい思いをしたが、「病は迷った心が仮に現れたもので本来ない」という教えが心の支えとなった。

「『切なる思いは必ず叶う』という言葉を心の中で何度も思い返しながら治療を続けました。その結果、15年後の62歳の時に、ウイルスが陰性となり、全快との診断を受けることができたんです。インターフェロンの効果ももちろんですが、誌友会を通して学び続けた生長の家の教えが大きな力となったと実感し、家族と喜びを分かち合いました」

健康を取り戻し、感謝の日々

 

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 その後、田中さんがC型肝炎に感染したのは、小学校時代の予防接種で注射器を使い回したことが原因であることも判明し、同級生にもC型肝炎で亡くなった人がいることを知った。

「私はありがたいことに全快でき、半年ごとの検査も異常なしが続いており、心から感謝しています」

 65歳の時には肝臓がんになったが、幸い手術を受けて克服した。

裏山で木の伐採作業をする。長年、C型肝炎で苦しんできたとは思えないほど元気だ(写真/堀 隆弘)

裏山で木の伐採作業をする。長年、C型肝炎で苦しんできたとは思えないほど元気だ(写真/堀 隆弘)

 2014年に仕事を辞めた後は、地元神社の清掃や山の間伐など、地域のために精を出す日々を送っている。昔の知り合いからも「こんなに元気になるとは思わなかった」と驚かれるほど、健康を保っているという。

 ある日、地元の神社の清掃をしていた際、石段に刻まれた祖父の寄進の証を見つけ、ご先祖とのつながりを深く感じて胸が熱くなった。「人のためになることをすれば、ご先祖さまも喜んでくださる」と実感したという。

自宅の隣にある作業場には、自作のテーブルや椅子のほか火鉢まであり、仲間が集まって鍋料理を楽しんだりすることも(写真/堀 隆弘)

自宅の隣にある作業場には、自作のテーブルや椅子のほか火鉢まであり、仲間が集まって鍋料理を楽しんだりすることも(写真/堀 隆弘)

「C型肝炎が癒えた自らの体験を、多くの方に知ってほしい」と言う田中さんは、最後にこう語ってくれた。

  「たとえ病気になっても、希望を捨てず、明るく前向きに生きることが大切です。明るい気持ちで毎日を過ごせば、その思いが現実となり、必ず良いことが起きます。そのためにも、『切なる思いは必ず叶う』という教えを、身近な方々に伝えていきたいと思っています」