地元に戻って再就職

 
 私は都内の大学を卒業して都心の自動車販売会社に就職しました。しかし3年後に、父が心臓病を患って入院することになったため会社を退職し、実家に戻って、父が営む店を手伝うようになりました。

 その後、父は手術が成功して仕事に復帰することができたので、それを機に、子どもの頃から憧れていた警察官になりたいと思い立ち、公務員予備校に通って勉強しました。そして3年後の平成12年、27歳のときに国家公務員の試験に合格することができました。

 警察官から行政職に志望を変更し、地元の高等教育機関の事務職員に採用され、2年後には大学時代から交際してきた現在の妻と結婚しました。娘と息子の2人の子どもにも恵まれ、幸せな毎日を過ごしていました。

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両親の影響で教えに触れて育つ

 
 私は祖父母と両親が生長の家の信徒だったため、小さい頃から家族で講習会に参加したり、母に連れられて地元の教化部*1で開かれている生命学園*2に行ったりして、「人間・神の子」の教えに触れて育ちました。
*1 生長の家の布教・伝道の拠点
*2 幼児や小学児童を対象にした、生長の家の学びの場

 その後は、地元の信徒の皆さんと講習会に参加するくらいでしたが、39歳のときに、地元の信徒の人から「一緒に教えを学びませんか」と声をかけられ、誌友会*3に参加することになりました。会場の温かい雰囲気に触れて心が和み、それからは誌友会に参加して教えを学ぶようになりました。
*3 教えを学ぶつどい

 あるとき、誌友会のなかで「私たちのいのちは、神様、ご先祖様、両親からいただいた尊いものなんですよ」という話を聴き、私はハッと胸を衝かれました。その頃は、実家に帰ったときに仏壇に手を合わせるくらいで、ご先祖様に感謝することを忘れていたからです。「ご先祖様に申し訳なかった」という思いが込み上げ、それからは自宅で聖経*4を読み、毎月家族で墓参りをして、ご先祖様に感謝の思いを捧げるようになりました。
*4 生長の家のお経の総称

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女性部員との思わぬトラブル

 
 そして、41歳になったときに職場で人事異動があり、新しい部署に移りました。ところが、そこで私よりひと回りも年下の女性、Aさんとの間に思わぬトラブルが発生したのです。

 彼女は、もともと感情の起伏が激しいところがある人でしたが、仕事でミスしたことを注意したりすると、露骨に嫌な顔や口答えをされるようになりました。どう接していいのか分からず悩むうちに、だんだん怒りもこみ上げてくるようになって、家に帰ると妻に不満や愚痴をぶつけるようになってしまったのです。

 そんなある日、家の本棚にあった『人生読本』(生長の家創始者・谷口雅春著、日本教文社刊。現在、品切れ中)が目に留まりました。手にとって読んでいるうち、「年齢の長幼を問わず他を尊敬しましょう。他人の欠点を見たら先ず自分にもその様な欠点がないかを省みましょう。人は鏡と同じで、こちらの心の通りによくも悪くも映るのです」といった文章が心にささりました。

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 これを読めば彼女との問題も解決するのではと思い、それから毎日真剣に『人生読本』や『生命の實相』(谷口雅春著、全40巻。日本教文社刊)第7巻(生活篇)を読むようになりました。「快活な表情、希望と光明に輝くひとみ、花びらをふりまいて歩くような笑顔、それが人間の本性である」といった言葉が胸に響き、気づけば、2冊の本は付箋とマーカーだらけになっていました。

 生長の家の教えを改めて学んだ私は、彼女の美点を探して褒め、笑顔で言葉をかけて接するように努めました。最初のうちは、自分でもぎこちない感じでしたが、続けているうちに、彼女にも優しさや気配りがあると気づくようになりました。

 そして、私の見方が変わるにつれて彼女に笑顔が増していき、仕事のことだけでなく、結婚のことまで相談されるような間柄になったのです。1年後に、彼女はめでたく結婚が決まり、退職しました。「相手は自分の心の鏡」という教えの素晴らしさを実感した体験でした。

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悩みの種の部下の実相を祈って

 
 それを機に、神想観*5に励み、一層熱心に聖経を読んで先祖供養をするようになったおかげで、重要なプロジェクトの責任者を任されるようになりました。ときには苦境に陥ったこともありましたが、毎朝の祈りで「私は神の子、完全円満。わが魂の底の底なる神よ、無限の力わき出でよ」と繰り返し唱えることで、なんとか乗り越えることができ、3年前には新しい部署で管理職に昇進しました。

 ところが最初は順調だったものの、昨年(2022)4月、別の部の管理職を兼務することになったときに、その部署の部下である男性のBさんが悩みの種になってしまいました。Bさんは年下でしたが、勤務年数は私より長く、知識も経験も豊富でした。その反面、仕事の効率を求める余り、手際の悪い後輩に厳しく詰め寄ったりしたため、部内には重苦しい雰囲気が漂っていたのです。

 そんな事態に直面し、以前、Aさんのことで悩んだときのことがフラッシュバックしましたが、「必ず良い方向に導かれる」と思い直し、神想観のなかで、Bさんの完全円満な実相*6を観ずるようにしました。
*5 生長の家独得の座禅的瞑想法
*6 神によって創られたままの完全円満なすがた

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2人との出会いがあったからこそ

 
 そうして半年ほど経った昨年9月のこと、私は3年前から相愛会*7のネットフォーラム*8に参加して教えを学んでいましたが、その日のテーマが「コトバの力*9の活用」でした。「コトバには物事を実現する力がある」という教えと体験談を聴き、改めてコトバの力のすばらしさを痛感しました。意識して明るい肯定的な言葉を使うこと、例えば「忙しい」といった言葉は、「充実している」という肯定的な言葉に換えるなどの話が参考になり、私はすぐに実行に移しました。
*7 生長の家の男性の組織
*8 オンラインで教えを学ぶつどい
*9 ここでいうコトバとは、口から発する言葉のほかに、思念や表情も入る

 翌朝、出勤すると大きな声で、「おはようございます」と部員に声をかけ、仕事中もユーモアを交えてその場を和らげ、誰かがマイナスの言葉を発したときは、すかさず肯定的な言い方に変えるように努力しました。特にBさんには、些細なことでも相談を持ちかけて、心を通わせるよう心がけました。

 するとある日、Bさんから思いがけず「2つの部署の兼務は大変ですね。何かお手伝いしましょうか」と優しく声をかけられたのです。そのときは正直驚きましたが、それ以来、Bさんは私だけでなく他の職員との接し方も変わり、部署の雰囲気が以前とは打って変わって明るくなりました。

 その後、Bさんは私の大事な相談相手となり、右腕となって度々助けてくれるようになりました。残念ながら、他の部署に異動となり、一緒に仕事をしたのはわずか1年3カ月でしたが、彼から学んだことは多く、感謝の思いで見送りました。

 Aさんといい、Bさんといい、渦中にあるときは、どうしていいかわからず悩みましたが、2人との出会いがあったからこそ真剣に神想観をして祈り、生長の家の教えを学んで信仰を深めることができました。聖経『天使の言葉』*10に示された「万(よろず)の物ことごとく意(こころ)に従って出現し、/用足(た)りておのずから姿を消す」という真理を実感するとともに、2人は私の観世音菩薩*11だったと感謝するばかりです。
*10 生長の家のお経のひとつ。現在、品切れ中
*11 周囲の人々や自然の姿となって現れて、私たちに教えを説かれる菩薩