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料理を通して家族のコミュニケーションを深めている横田さん一家。左から、次女、朱杏さん、長女、夫の朋哉さん

横田朱杏(よこた・あきこ)さん(36歳) 大阪府堺市
取材/原口真吾(本誌) 撮影/堀 隆弘

休日は家族で料理

 2人の娘を育てている横田朱杏さん一家の休日は、いつもにぎやかだ。

 取材に訪れた土曜のこの日、横田さん夫婦が昼食の仕度に取りかかると、小学4年生の長女は、冷蔵庫から卵を出してボウルに割り入れ、砂糖を加えた。長女は1年ほど前から、休日には、父親の朋哉さんが好きな甘い卵焼きを作るようになった。

 菜箸で卵をかき混ぜていると、3歳の次女が、「わたしも混ぜる!」と近づいてきた。長女がにこやかに場所を譲り、次女は真剣な表情で混ぜ始める。しばらくして交代した長女が味見をし、砂糖を足そうとしたところ、「わたしも入れたい!」と手が伸びる。お姉ちゃんのすることを何でもまねしたい年頃なのだ。

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卵を上手く混ぜられない次女に、菜箸の持ち方を優しく教える

 長女は油を引いて温めた卵焼き器に卵液を流し入れ、慣れた手つきで卵焼きを作っていく。となりのコンロでナスの素揚げをしていた朋哉さんは、時折目をやって見守り、野菜を切る朱杏さんも顔を上げ、感慨深そうな面持ちで娘を見つめる。

「長女は2年生になった頃から、サラダのレタスをちぎったり、野菜を切ったりと、進んで料理のお手伝いをしてくれるようになりました。娘のやり方にまかせて、危なくなければ、あれこれ口出ししないようにしています。最近は図書館で借りてきたレシピ本を片手に、お菓子作りもしているんですよ」

 お菓子作りは、同居する長女の祖母の陽子さんと一緒にすることが多く、中でもよく作っているのは、ホットケーキミックスを使ったあんドーナツ。長女が幼稚園児の頃、朱杏さんがおやつによく出していたもので、今や横田家の定番の一品となった。

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長女が作った甘い卵焼き

 料理の手伝いを通して、長女は食材の扱い方や料理の作り方を覚えていき、豆腐とわかめのみそ汁も作ることができるようになった。

「娘の手料理を味わって、こんなことまで一人でできるようになったんだねと、成長した姿に感動しました」

子どもと食と家庭菜園

 24歳で結婚した朱杏さんは、翌年の平成24年に長女が生まれると間もなく、自宅近くの菜園で朋哉さんと一緒に、有機・無農薬の野菜づくりを始めた。

「やっぱり娘たちのすこやかな成長を考えると、ふだんから口にするものがすごく大事だなって思って。子どもが生まれてから、食について特に意識するようになりました」

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この日、菜園で採れたピーマン、オクラ、ナスを手に

 幼い長女も朱杏さんに付いていき、菜園の中を駆けまわり、土いじりをしたり、虫と触れ合ったりしていた。そんな長女は、ある夏の朝、幼稚園に向かおうと自宅を出ると、自宅の菜園に入っていき、実っていたキュウリをもぎ取ってそのまま食べ出した。

「びっくりする私に、『おいしそうだったの』と笑顔で答えたんです。それから度々キュウリをかじりながら登園するようになりました。次女はニンジンが大好きで、私が台所でニンジンを切っていると、『ちょうだい』とやって来て、生のままポリポリ食べます。2人とも野菜の生長を間近で見ているせいか、野菜が大好きなんです」

 長女は小学生になると、水やりや収穫など、菜園の手伝いをするようになった。収穫後、次の野菜を植えるときは親子で苗を買いに出かけ、「何を育てて食べたい?」などと、会話が弾んでいる。

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 ある日、スーパーで買ったキュウリをかじった長女は、「家のキュウリの方が、みずみずしくておいしい」とこぼした。また、菜園のニンジンは「いかにもニンジンって味がしていい」と、よろこんで口にする。

「家庭菜園の野菜は甘く、野菜本来の味がします。長女は菜園に実った野菜を、『友だちにあげてもいい?』と言って持っていきます。私たちが心を込めて育てた野菜を、みんなに自慢したくなるほど特別に思ってくれていて、とてもうれしいです」

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この日の昼食はお好み焼き。朋哉さんが具材のちくわを手際よくきざんでいく

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家族そろって「いただきます!」。にぎやかな笑い声が響く、いつもの食卓


旬に対する感覚を育む

 高校生の頃、母親から生長の家の教えを伝えられた朱杏さんは、人間は神の子であり、神のいのちによって生かされていて、動物も、植物も、菌類も、すべては神のいのちの現れであると学んだ。

 さらに食と環境問題についても学び、安価な食品や輸入食品の裏には、農薬による環境汚染や、産地からの輸送で排出された二酸化炭素が地球温暖化の一因になっていることなど、さまざまな問題が隠れていることを知った。朱杏さんは、家族の健康のためだけではなく、自然を含めた地球上の、あらゆるいのちを害さないような食の選択をしなければと強く思った。

「特に近年は夏になると急に暑くなり、野菜がしっかり育つ前に暑さにやられて、枯れてしまうことがあります。せっかく育っても、スコールのような集中豪雨で根腐れを起こして、ダメになったりと、気候が変わっていると感じることが多くなってきました。このままでは作物も満足に育てられない環境になってしまうかもしれません。子どもたちが安心して暮らせるように、未来を守っていきたいと思いました」

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 食材の購入は地元の農産物直売所を積極的に利用し、季節の有機野菜を選んでいるが、旬に対する感覚は、実際に野菜を育て、自ら調理する中で養われていくと朱杏さんは実感している。

 夏にスーパーで白菜を見かけた長女は、「これって冬の野菜だよね。どうして今あるの?」と、朱杏さんに尋ねたことがあった。夏場の白菜は高原で育てられるが、市場までの輸送距離が長く、それだけ二酸化炭素の排出量が多くなる。朱杏さんは「地球に無理をさせて、悲しませてしまうから、季節のものじゃない野菜は買わないようにしようね」と優しく伝えた。

「料理のお手伝いをしてくれるようになってから、娘たちの食に対する興味がさらに高まりました。これからも親子で料理をしながら、環境に配慮した食のあり方も、少しずつ伝えていけたらいいなと思います」