西山正子(にしやま・まさこ)さん (65歳) 兵庫県 取材/原口真吾(本誌) 撮影/髙木あゆみ

西山正子(にしやま・まさこ)さん (65歳) 兵庫県
取材/原口真吾(本誌) 撮影/髙木あゆみ

いのちを育てる暮らし

 西山正子さんの一日は朝5時の神想観(*1)から始まる。その後、朝と昼の食事の仕度をして、家事をひと通り済ませると、10時から畑へ。お昼をはさんで午後も畑で作業することが多く、夕方からは保育園から帰宅した孫を自宅で預かる。

「収穫が近づいてきたときのワクワク感が好きなんです。『もうすぐ食べられる!』と思うと、実も輝いて見えるんですよ」

 25歳で兼業農家の夫と結婚した西山さんだが、その頃は「農業はダサい」と思っていた。実家も農家で農繁期には学校が休みになり、子どもの頃から稲刈りや家族の食事作りを手伝ったが、当時、農作業のほとんどが手作業で、毎日忙しく働く母親の姿から「苦労が絶えず、かわいそう」といったイメージを抱いていたのだ。

上/力いっぱい引き抜いて収穫した、大きなカブに満足げな孫 下/「根元を持って採るんだよ」。大好きなじいじと一緒に原木シイタケを収穫

上/力いっぱい引き抜いて収穫した、大きなカブに満足げな孫 下/「根元を持って採るんだよ」。大好きなじいじと一緒に原木シイタケを収穫

 そんな西山さんだったが一男三女を授かり、子育てに追われるようになって、その気晴らしに花や野菜を育てるようになった。すると、子どもの頃に土に触れたときの感覚が懐かしくよみがえり、何とも言えない楽しさを覚え、子育てでせわしなく動いていた心が不思議と穏やかになってくるのを感じた。

「たった一日の雨で、いくら水をあげても元気にならなかった野菜がシャンとなったり、芽が出たりするんです。そんな姿を目の当たりにするたびに、大自然の力はすごいなって感動します。少し暖かくなったかな、というほんのちょっとの変化でも、植物はぐんぐん伸びていくんです」

 時には失敗から学ぶこともあるという。まだ暖かいからと安心して、冬至カボチャを植える時期が2週間も遅くなった。すると、みるみるうちに夜間の気温が下がり、ピンポン玉の大きさで実の生長が止まってしまった。

「父は昔『旬を大切にして、植える時をのがさないことが大事』だと教えてくれましたが、本当にその通りでした。母からは『愛情をかければ、必ず応えてくれる』と教えられました。種から芽が出るまでも、けっこうな時間がかかりますし、収穫ともなると、なおさらです。愛情を持って辛抱強く待つのは、子育てと一緒ですね」

畑と子ども、孫たち

 西山さんの実家では、母親が生長の家を信仰しており、西山さんも高校生の頃から『白鳩』誌を読むようになった。20歳になると練成会(*2)にも参加し、周りの明るい雰囲気に触れて、自然と笑顔が増えていったという。

左上:義母から教わった大豆のおこわ/左下:収穫したてのシイタケを焼く/右:この日の昼食はロケットストーブで火を起こし、畑の野菜をふんだんに使った鍋料理。双子ちゃんも進んでお手伝いをした

左上:義母から教わった大豆のおこわ/左下:収穫したてのシイタケを焼く/右:この日の昼食はロケットストーブで火を起こし、畑の野菜をふんだんに使った鍋料理。双子ちゃんも進んでお手伝いをした

「劣等感が強くて、自信が持てなかった私ですが、他の参加者から『変わったね!』と声をかけられ、嬉しくなりました。子どもが生まれると、きょうだい同士のケンカが絶えず、イライラしてしまいがちでしたが、母親教室(*3)に参加し、人間は神の子で、私の子どもも神の子だったと反省しました。欠点と見えるものでも、見方を変えれば長所になります。『(あなたの神性を)信じているよ』と声をかけるようになると、子どもたちにきょうだいや両親への思いやりが芽生えました」

 畑では農薬を使っていたが、子どもたちの健康を考え、と相談して20年前から無農薬・無化学肥料の栽培に切り換えた。肥料に籾殻燻炭(もみがらくんたん)や、生ゴミコンポストのたい肥を加えると、微生物や虫の活動が活発になったせいか、だんだんと土が柔らく、ふかふかになっていった。

 4人の子どもたちはそれぞれ結婚して独立したが、皆県内に住んでおり、孫たちを連れてよく訪ねてきてくれる。

「孫たちはよく畑で遊んでいて、あまり虫を怖がりません。小学校5年生になる女孫は一所懸命に畑仕事を手伝ってくれるし、4歳の男の子と女の子の双子ちゃんは、料理の手伝いが大好きなんです。畑には果樹などもあって、花見や紅葉狩りなど、季節ごとに楽しみがあります。特に5月のイチゴ狩りは一番喜んでくれますね」

 取材の日、次女とその双子の子供たち、三女とそのが遊びに来ていて、昼食は畑で採れた野菜で鍋料理をした。調理にはお手製のロケットストーブが活躍し、「少ない木片を燃料によく火が回る」とも満足げ。双子ちゃんが公園で集めてきた小枝を、おそるおそるロケットストーブに投入する姿が微笑ましかった。

「お昼前に食材をみんなで収穫することもよくあります。手間暇かけて育てた野菜を食べてくれるのが、何よりの喜びです」

環境に配慮した心豊かな生活

 西山さんは生長の家で、肉食は殺生という倫理的な問題だけでなく、放牧地のために森林が伐採されたり、牛のゲップには温室効果の高いメタンガスが含まれているなど、気候変動とも密接な関わりがあることを学んだ。そのため、10年前から肉類を使わないノーミート料理に切り換えた。

「最初はなかなか味が決まりませんでしたが、今はバターでコクを出したり、油揚げや厚揚げでボリュームアップしたりと、パズルのようにアイデアを組み合わせて楽しんでいます。夫婦二人の生活なので料理が余ることもありますが、例えばシーじゃが(シーチキンを使った肉じゃが風の料理)をオムレツの具やコロッケにしたり、おでんのだしを使って炊き込みごはんを作ったりと、アレンジしています」

 使用頻度の多い大豆やさつまいも、カボチャなどは、水煮にしたものを冷凍してストックし、時短と保存の両方を兼ねた工夫をしている。また、野菜の天日干し、梅酒、ショウガの甘酢漬け、らっきょう、柚子ジャムなどを手作りし、旬の味を長く楽しんでいる。

次女も一緒に玄関前に集合。西山さんの周りは、いつも家族の笑顔で溢れていた

次女も一緒に玄関前に集合。西山さんの周りは、いつも家族の笑顔で溢れていた

「『物は物にあらず、一切は神からの預かりもの』だから、有機物も無機物も、物のいのちを大切にすることを生長の家で学び、食材は昔から無駄なく使うように心がけてきました。最近は、野菜の小さな実やキャベツなどの外側の葉、ピーマンやカボチャの種など、今まで捨てていたものでベジブロス(野菜だし)ができると知り、スープやカレー、煮物に活用しています。その時の材料で味が変わる、奥が深いだしです」

 西山さんの娘たちは、よく家庭菜園の様子を写真に撮って送ってくれるという。野菜作りに興味がなかった次女も、母親になったことで家庭菜園の楽しさに目覚めた。

「自分の手で育てたものを収穫する楽しさを知ってほしい」という西山さんの思いは、畑での遊びや野菜の収穫を通して、子や孫たちに伝わっている。

「夫婦二人ではとても食べきれない量の野菜が採れますが、子どもたちは『冷蔵庫が空っぽ!』と言って野菜をもらいに来ますし、友人や近所の方にもおすそ分けしていけば、おいしいうちに、きれいに無駄なく消費できます。全てまあるく収まったときの、すっきりした感じがとても好きなんです」

 自然の働きに感謝し、その恩恵を分かちあう生活の中にこそ本当の豊かさがあることを、家族の賑やかな声に囲まれた西山さんの笑顔が物語っていた。

*1 生長の家独得の座禅的瞑想法
*2 合宿形式で教えを学び、実践するつどい
*3 母親のための生長の家の勉強会