イラスト/ろぎふじえ

イラスト/ろぎふじえ

 日本国憲法では、非常事態への対応は法律の整備により行われることになります。例えば災害に備えて、現憲法では参議院の緊急集会(54条2項)と、内閣が発する政令には原則として罰則を設けることができないこと(73条6号)により、適切に対策を講ずることができる仕組みになっています。

 参議院の緊急集会とは、国会の替わりに法律や予算などの審議を行い、決議することができる制度です。国会を召集(しょうしゅう)できないときには、内閣が要請して開くことができます。参議院選挙は議員の半数ずつ改選を行いますから、たとえ参議院選挙中であっても(さらには、衆参ダブル選挙であっても)緊急集会を開くことができます。また、そこで採られた措置(そち)は、あくまでも臨時のものです。次の国会開会の後10日以内に衆議院の同意がない場合は効力を失います。

 また、政令には法律の委任がある場合に限り罰則(ばっそく)を設けることができます。内閣による権力の濫用(らんよう)を防ぐため、無制限に罰則を設けられないようにしているのです。

 具体的には、災害対策基本法では「生活必需品の配給」「物の価格の統制」「金銭債務の支払いの延期」について、政令を制定することができ(緊急なため参議院緊急集会が不可能であれば、緊急政令の制定ができる)、政令の規定に違反した者に対して2年以下の懲役(ちょうえき)若(も)しくは禁錮などの罰則を設けることを認めています(109条)。また、「外国からの救助の受け入れ」についても政令の制定が可能で、災害発生の緊急時には、これらの4つの項目について立法権が一時的に内閣に認められています。

 災害緊急事態の布告は内閣総理大臣が閣議にかけて行うことができます(105条)。また、内閣総理大臣が国民に対して物資をみだりに購入しないなど、協力を求めることを認めており(108条の3)、内閣総理大臣を頂点にした中央管理システムを作ることができるようになっています。

 災害救助法では、都道府県知事が医療、土木建築工事または輸送関係者を救助に関する業務に従事させることなど、人権の制限が認められています。市町村長は災害対策基本法により、避難のための立退(たちの)きの勧告や指示が可能です。

 このように法律において、権力の集中と人権の制限に関する事項が詳細に規定されており、憲法に国家緊急権(緊急事態条項)が定められていなくても非常事態に対応できるようになっています。むしろ憲法の規定のほうが抽象的(ちゅうしょうてき)となり、国家権力による濫用の危険があります。

 さて、2011年に発生した東日本大震災では岩手県釜石市の小中学生約2,900人が津波から逃れることができました。これは、津波教育がほとんど実施されていなかったことに危機感を持った教育委員会が、2010年に手引きを完成させ、防災教育に取り入れたことが大きな要因です。災害から命を守るためには、こうした日頃の準備が大切です。その準備には法律や制度の適正な運用が欠かせません。災害が発生してから国家緊急権により憲法を停止させるだけでは尊い生命を救うことはおそらく出来ないでしょう。

参考文献 
谷口雅宣監修『誌友会のためのブックレットシリーズ3‌ “人間・神の子”は立憲主義の基礎──なぜ安倍政治ではいけないのか?』(生長の家、2‌0‌1‌6年)
永井幸寿著『憲法に緊急事態条項は必要か』(岩波ブックレット、2‌0‌1‌6年)