
春日信子(かすが・のぶこ)さん│73歳│東京都江東区
「木版画は、絵とクラフトの両方の楽しさがあり、どちらも大好きな自分にはぴったりのものなんです」と春日さん
取材/久門遥香(本誌) 写真/遠藤昭彦
東京都江東区で一人暮らしをする春日信子さんは、趣味で木版画による作品づくりを楽しんでいる。モチーフは、香りが漂ってきそうなクッキーやパン、窓辺に猫が佇む情景などで、日常のなにげない場面を描き、ほのぼのとした温かい雰囲気を醸し出している。
制作の最終工程である、摺(す)りの様子を見せてもらった。図案が彫られた版木(はんぎ)に、版画用絵の具で手際よく着色し、載せた紙の上からバレンで丁寧に擦る。その作業を色版ごとに繰り返し、色を重ねていく。仕上がると、木立の間に満月が浮かぶ幻想的な風景が現れた。

物語を感じさせる、静かな夜の窓辺を表現した作品
「紙をめくる瞬間が一番どきどきして、思った通りに摺り上がっていると、『わぁ!』と思わず声が出ます。同じ版でも、絵の具の濃淡や、摺る時の力加減で仕上がりが変わりますから、一つとして同じものにならないのが版画の面白さですね」
大学生の時から版画で年賀状を作るなど、長く版画に親しんできた。以前はゴム版などを用いていたが、木版のしっかりした材質と、その感触に惹かれて木版画で制作するようになり、10年ほど前からは、年賀状だけでなく、さまざまなモチーフの作品を作り始めた。
「黙々と手を動かして、彫る作業に集中していると心が落ち着いて、穏やかな気持ちになります。それに、温かみのある木の手触りにも癒やされますね」
生長の家の教えには、幼い頃に両親の影響で触れた。昭和48年に結婚した後、夫の転勤に伴って、行く先々で母親教室(*1)や誌友会(*2)に参加して教えを学んだ。

クラフトも得意な春日さん。左端のペンダントライトは手作りしたもの
結婚して9年目に生まれた長男が中学校入学を迎えた平成8年、夫が病気のため49歳の若さで亡くなった。一人で子どもを育てていかなければならず、生活の不安もあったが、「人間の生命は永遠生き通し」という生長の家の教えが心の支えとなり、立ち直ることができた。
「夫の魂が見守ってくれているから、明るい心を持って前向きに生きていけば大丈夫と、強い気持ちを持てたのは、信仰があったからこそだと思います。周りの人たちにも助けられながら、悲しみを乗り越えることができました」
互いに支え合ってきた長男は、現在は独立して家庭を築き、2月には初孫が誕生した。今は、平穏な日々に幸せを感じている。
「日常の中の小さな喜びが、私の人生をいつも彩ってくれています。これからも、そんな感動を版画で表現していきたいですね」
穏やかで優しい木版画の雰囲気は、春日さんの人柄そのもののような気がした。
*1=母親のための生長の家の勉強会
*2=生長の家の教えを学ぶ小集会