古田啓子さん(57歳)
神戸市北区
取材/原口真吾(本誌) 撮影/堀 隆弘
一針ごとに心を込めて
古田啓子さんに案内されたリビングの棚には、数多くのハンドメイド作品が並んでいた。
飾られた木製ボードの表面には、アクリル絵の具を使って、ふっくらとした優しい質感の果物が描かれている。古田さんは長年、トールペイントが趣味で、木製の小物や箱、布などに絵を描き、作品づくりを楽しんできた。
「トールペイントの絵の具は何百種類もあって、少しずつ色を変えながら、絵に立体感が出るように塗って深みを出していきます。そういう細かい作業が昔から好きなんです」
そんな古田さんが最近、夢中になっているのが刺(さ)し子だという。刺し子とは、布地に糸で幾何学模様などのパターンを縫い込んでいく、日本の伝統的な刺繍(ししゅう)のこと。これまで魚のモチーフを刺繍したクッションカバーや、四角の模様を入れた布製コースターなどを作ってきた。
「空いた時間でちくちく針を通していると、幸せな気持ちになります。一針ごとに私の思いが縫い込まれ、作品にいのちが宿っていくような気がします。既製品だと、どんどん新しい物がほしくなりますが、手づくりの品は私の命の延長のように思えて、大切に使おうってなるんです」
いのちを拝むこと。ほんとうの豊かさ
環境に負荷をかけない、低炭素でエシカル(倫理的)なライフスタイルを実践する、生長の家の「SNIクラフト倶楽部*1」の一員になってからは、端切(はぎ)れや家族の古着、自然素材などを使って小物を作る手仕事を楽しむようになった。
*1 SNIクラフト俱楽部は、生長の家が行っているPBS(プロジェクト型組織)の一つ
最初、新しく材料を買うよりも、手元にあるものを使った作品づくりを勧められたとき、「どうして?」と不思議に思う気持ちがあった。しかし、素材によっては、河川や海洋を汚染したり、発展途上国の労働環境の問題などがあることを知った。
「それに、環境に配慮しながら物のいのちを生かして作品を手づくりすることは、『すべては神のいのちの現れ』として拝む、生長の家の生き方そのものだと気がつきました」
たまっていたチラシの裏紙を何かに使えないか考えていたとき、二つ折りにし、パンチで穴をあけ、麻紐でまとめてオリジナルノートを作るアイデアがひらめいた。表紙と裏表紙には厚紙を使い、母親の着物の端切れでカバーを作ると、愛着ある一冊になった。
他にも、夫のシャツをエプロンにリメイクしたり、息子のジーンズをバッグにしたりと、家のあちこちに普段使いのリメイク作品が置かれている。
「足りない材料があると、まず『何かで代用できないかな?』と考えるようになりました。それが想像力を刺激して、すごく楽しいんです。作業の途中でアイデアがひらめいて思いがけない形に完成したりすることがあって、意外性もリメイクの魅力だと思います」
そう話しながら古田さんは、家族の古着で作ったパッチワークのブランケットを手に取った。息子たちが着ていたシャツや、自身が履いていたショートパンツ、嫁入りのとき、母親と一緒に選んだ布団カバーなど、さまざまな思い出の品が使われている。隣り合う柄の相性や、色のリズム、全体で見たときの印象など、実際に並べてみると意外性の連続だった。
「パッチの一つひとつに懐かしい思い出があって、家族の、そしてあのとき感じた家族への思いがよみがえります。身のまわりには、私のいのちの延長とも言える作品があり、ああ、ほんとうに豊かな暮らしだなって実感します。豊かさは、家族や自分の思いを大切に育てていく中で感じられるものなんですね」
リメイクで愛が育まれる
古田さんの実家では祖母が熱心な生長の家の信徒で、両親とともに一家で信仰していた。古田さんも子どもの頃から祖母と一緒に聖経*2を誦げ、中学生になると練成会*3に参加して、「人間は神の子」と説く教えを学んだ。
*2 生長の家のお経の総称
*3 合宿形式で教えを学び、実践するつどい
ロシアのウクライナ侵攻に心を痛めた古田さんは、平和への祈りとウクライナの人々へ友愛の表現として、日傘のリメイク作品を作り、昨年開催された第41回生光展(生長の家主催)に出品した。職場で捨てられそうになっていた傘を引き取り、ウクライナ国旗の色である青と黄色のオーガニックコットンで張り直して、その表面に三角形の模様の刺し子を丁寧に施していった。
「刺し子の一つひとつの三角の模様は独立しているように見えますが、透かしてみると、実はすべて一本の糸でつながっているんです。同じように、神のいのちにおいてすべては一体であり、人間の心も、みんなつながっていることをこの作品で表現しました。平和への思いを込めてひと針ずつ縫っていくと心が満たされていき、人の幸せを願う思いは自分にも返ってきて、自分も幸せになれるんだと感じました」
リメイクをしているうちに、「これは何かに使えるかも」という目線で生活を眺めるようになった。そんなある日、友人から頂いた北海道産のトウモロコシの皮が目に留まった。
「皮の美しさに感動し、捨てるのがもったいないと思ったんです。竹の皮みたいに、カゴが作れるかもと思いついて、干した後、同じ幅に割いて編み始めました。思ったより丈夫で、ナチュラルな風合いの、かわいらしいカゴができました。ゆで玉子が食卓に上るとき、このカゴを使っています。こんなサイズのカゴはなかなか売ってなくて、自分好みの大きさに作れるのも、手づくりならではですね」
いのちを生かそうとする感性は、物だけにとどまらず、家族や周りの人にも広がっていくと古田さんは話す。
「私たちの毎日の思いの積み重ねが、物や人とどう関わっていくかという心の習慣になって、それはやがて世界平和や環境問題にもつながっていくものだと思います。リメイクを通して暮らしを見つめ直すことを、もっと多くの人に勧めていきたいと思います」