A 非常事態において、憲法秩序を一時停止し、政府に強い権限を与える法的な規定です。

 自民党は、2017年の衆院選の公約に憲法改正を掲(かか)げました。その中で、憲法9条への「自衛隊の明記」などとともに挙(あ)げられていたのが、「緊急事態対応」に関する改正案の国会への提案・発議です。2012年に出された自民党の憲法改正草案には、既に緊急事態条項の創設が記載されていますが、この緊急事態条項案に対し、「内閣の独裁につながるもの」として、憲法学者などから、その危険性が指摘されています。そもそも緊急事態条項とは、どういうものなのでしょうか。

国家緊急権の危険性

 緊急事態条項とは、戦争や大規模災害など、平時の統治機構では対処できない非常事態において、国家の存立(そんりつ)を維持するため、立憲的な憲法秩序を一時停止して、非常措置をとる権限である「国家緊急権」を、政府に与える法的な規定のことです。

イラスト/石橋富士子

イラスト/石橋富士子

 ここで言われている「立憲的な憲法秩序を一時停止する」とは、「人権の保障」と、平時の「三権分立(さんけんぶんりつ)」体制を一時的に停止して、行政府に強い権限を与えるということです。

 緊急時に政府の超憲法的な行動を認める国家緊急権は、歴史上、権力者に濫用(らんよう)され、権力強化のために利用されたり、緊急事態が不当に延長されたりしたことがありました。国家緊急権の発動は、憲法により国家権力を縛る「立憲主義」そのものを崩壊(ほうかい)させてしまう危険性があるのです。

 そのため日本国憲法の制定時には、国家緊急権の要件をいかに厳密なものにしても、「非常」という言葉を口実に濫用される恐れがあるとして、あえて国家緊急権を設けず、厳重な要件を課した上で法律を整備し、非常事態に対処すべきとの認識に立ち、必要な法整備がなされてきました。

 一方、先進国の主要4カ国であるドイツ、フランス、イギリス、アメリカにおいても、災害やテロに対して憲法で国家緊急権を定めているのはドイツのみであり、それ以外の国は、法律で対処することになっています。