A 緊急事態に対処する詳細な法律規定が、すでに整備されています。
本欄では3回にわたり、憲法改正の論点になっている「緊急事態条項(きんきゅうじたいじょうこう)」(国家緊急権)について見てきました。国家緊急権の代表的な定義は、「戦争・内乱・恐慌・大規模な自然災害など、平時の統治機構(とうちきこう)をもっては対処できない非常事態において、国家の存立(そんりつ)を維持するために、国家権力が、立憲的な憲法秩序を一時停止して非常措置をとる権限」(芦部信喜(あしべのぶよし)著『憲法 第六版』376ページ、岩波書店)ですが、この国家緊急権が、あえて日本国憲法に規定されなかったのは、非常時を口実に国家権力に濫用(らんよう)される恐れがあるため、厳重な要件を課した法律の整備によって対処すべきとの認識があったからでした。
では、国家の非常事態に対して、現在の日本では、どのような法整備がされているのでしょうか。
緊急事態への対処
まず、最初に言えることは、「平時の統治機構では対処できない」として挙げられている「戦争・内乱・恐慌・大規模自然災害」について、すべて平時の統治機構により対処できる詳細な法律規定があるということです。
つまり、他国からの武力攻撃に対しては、武力攻撃事態法などの有事法制があります。(ただし2015年に改正された武力攻撃事態法に、違憲が疑われる集団的自衛権行使の容認が含まれている問題は、No.92~93の本欄で触れました)。また、内乱等による社会秩序の混乱に対しては、警察法、自衛隊法などの法律があります。地震等の大規模災害に対しても、災害対策基本法、災害救助法などの法律により、政府が強い権限で災害対応にあたれる体制がすでにあるのです。
東日本大震災の際、政府が初動時に迅速(じんそく)な処置ができなかったとして緊急事態条項を憲法に創設すべきとの見解がありますが、それは憲法に緊急事態条項がなかったからではなく、緊急事態に対処する法律があるにもかかわらず、十分な準備がなされていなかったことが原因と言えます。