日本ミツバチの繁殖環境をつくるため、巣箱の設置活動を行っているNPO法人ビーフォレスト・クラブ代表の吉川浩さんに、日本ミツバチと西洋ミツバチの違いや、ミツバチが今、減少している理由、ミツバチと森との深い繋がりについて聞いた。
吉川 浩(よしかわ・ひろし)さん
1952年、兵庫県赤穂市生まれ。NPO法人ビーフォレスト・クラブ代表、大和ミツバチ研究所代表。1987年に(株)イメージ・ラボラトリーを設立。独自のデザイン・マーケティング論で大手企業のコンサルティング業務を行う。2012年、大阪市立大学大学院創造都市研究科で博士号を取得。2003年から17年まで尾道市立大学で非常勤講師を務める。現在、奈良県高畑町で妻と半自給自足的生活を送りながら、ビーフォレスト・クラブの活動を広めるため、日本各地に足を運んでいる。著書に『ミツバチおじさんの森づくり 日本ミツバチから学ぶ自然の仕組みと生き方』(ライトワーカー)がある。
ハチは刺すから怖い!ハチとミツバチの誤解
──ハチ(蜂)というと、一般的に「刺す」「怖い」というイメージを持っている人が多いと思います。まず、ハチの特徴について教えていただけますか。
吉川 私は日本ミツバチの巣箱を森に設置する活動をしているんですが、森や農園に巣箱を置かせてもらおうとすると、「ハチが来て危ないからやめてください」と言われることがあります。そういうときは、「ミツバチはおとなしく、余程のことがない限り人を攻撃してくることはありませんから大丈夫です」と説明しても、「ミツバチも刺すので、絶対に置かないでください」と言われたりします。どうしてそうなるのかと言うと、皆さん、ハチは全部同じものだと誤解しているからなんですね。
「ハチとミツバチの誤解」を見てください。ハチとは、「ハチ目(膜翅目)に分類される、アリと呼ばれる分類群以外の総称」のことですが、これには「花バチ=Bee(ビー)」と「狩りバチ=Wasp(ワスプ)」の2種類があるんです。「花バチ」は、ハチ目ミツバチ上科の昆虫のうち、幼虫の餌として花粉や蜜を蓄える日本ミツバチや西洋ミツバチ、クマバチ、マルハナバチなどのことを指します。「狩りバチ」は、スズメバチ科のうちの、捕食性の大型のハチのことで、スズメバチ、アシナガバチのことを指し、その中でも、捕食性の大型のハチをHornet(ホーネット)と呼ぶんですね。
──するとミツバチは、そんなに恐れる必要はないということでしょうか。
吉川 そうです。確かにミツバチも刺します。しかし、皆さんの周りには、スズメバチなどに刺されたという人はいても、ミツバチに刺されたという人はあまりいないのではないかと思います。
また、スズメバチなどの針は何度でも刺せますが、ミツバチの針には先端に釣り針のような「かえし」がついていて、ミツバチが針を抜こうとすると、腹部の末端もろともちぎれて死んでしまうので、むやみに刺すことはないんです。
──その違いをちゃんと知ることが大切なんですね。
吉川 英語圏の人たちが「種」の違いを理解するため、「Bee」「Wasp」「Hornet」と分けているのは、とても理に適っています。日本でも、ハチの生態によって呼び方を変えるべきで、例えばミツバチなどの「Bee」は「花バチ」、その他のハチは「狩りバチ」と分けて、子どもの頃からその違いを教える方がいいと思います。
世界に9種類あるミツバチ 西洋ミツバチは外来種
──先ほど、日本ミツバチと西洋ミツバチの話がありましたが、その違いについても教えていただけますか。
吉川 その前に、まずミツバチについてお話ししますと、ミツバチは、群れが秩序だった構成になっていることから「社会性昆虫」と言われています。そして、花の蜜や花粉を食料として巣に蓄える昆虫のことを指します。
世界には、西洋ミツバチ(ミツバチ亜種)、東洋ミツバチ(ミツバチ亜種)をはじめ9種類のミツバチがいます。その中で特に西洋ミツバチは、24種に分類(亜種)され、養蜂に用いられていることから、日本はもとより世界中に持ち込まれています。
イギリスには「蜂蜜の歴史は人類の歴史」という諺があるくらい、ヨーロッパの人たちは、西洋ミツバチと深い関係を築いています。エジプト文明(紀元前3千年頃)よりもっと昔、蜂蜜を採るために、人類が最初に飼育にした生き物が西洋ミツバチだと言われています。
皆さん、ミツバチというと、『みなしごハッチ』や『みつばちマーヤの冒険』などのアニメ、「ぶんぶんぶん はちがとぶ」という童謡をイメージする人が多いかもしれません。しかし、実はこれは、いずれも明治時代に養蜂を目的として日本に移入された、家畜のように人工的に増やす西洋ミツバチのことで、外来種なんですね。
豊かな森を育んできた在来種の日本ミツバチ
──日本ミツバチはどうなんでしょうか。
吉川 日本ミツバチは、東洋ミツバチの数種類ある分類(亜種)の一種で、日本の森に太古の昔から棲んでいた在来種です。ポリネーターとして、四季折々の草木の花に授粉を行い、それによって木の実や種子が作られ動物を養い、豊かな日本の森が生み出されてきました。人間が農業を始めると、野菜や果樹の授粉を行って、農産物の生産も手伝ってくれる大切な存在なんです。
西洋ミツバチと比較すると、日本ミツバチは、西洋人と東洋人がそうであるように、一回りも二回りも小さく、性格もおとなしい。その群れの数は5千から1万匹で、行動半径は巣箱から約2キロと言われています。それに比べて西洋ミツバチの群れの数は、3万から5万匹と圧倒的に多く、行動半径も3~5キロと広範囲にわたって活動します。
日本ミツバチと西洋ミツバチが交尾しても子孫は生まれないと言われていますから、その意味では、日本ミツバチと西洋ミツバチは同じミツバチとはいえ、似て非なる昆虫であると言っていいかもしれません。
日本ミツバチ激減の理由 自然林の減少と感染病
──今、日本ミツバチが激減していると言われています。その原因はどこにあるとお考えですか。
吉川 主に3つの原因があると思います。その1つ目は、日本ミツバチが棲む自然林が減少しているということです。
日本では1950年代、国策として自然林や田んぼを、スギ、ヒノキなどの人工林に変えてしまい、日本の森林の半分を占めるようになっています。このような人工林には、餌が少ないため虫も動物も棲みにくいんです。
蜜源植物(*)の多い自然林が減少すると、日本ミツバチの棲み家となる空洞のある木も少なくなって、日本ミツバチはやむなく民家の縁の下や倉庫、神社の社などに棲むようになるんですが、先ほど言ったような「ハチが怖い」という理由で駆除されてしまうんですね。
2つ目は、伝染病が広がっていることが考えられます。2010年頃、ミツバチ伝染病のアカリンダニ症やサックブルード病が全国に広がり、特に2014年後半から2016年にかけ、近畿地方の一部を除いて、それまでを100%とすると数%にまで日本ミツバチが激減しました。私も2015年頃、抱えていた100群近くの日本ミツバチが壊滅状態になりました。
この伝染病がどこからきたのかというと、アカリンダニは日本にはいなかったものなので、アカリンダニ症に感染した西洋ミツバチを輸入した段階で日本に入ってきたものと考えられます。
*=ミツバチが蜂蜜を作るために花から蜜を集める植物
日本ミツバチ激減の理由 西洋ミツバチの養蜂と農薬
──3つ目はなんですか。
吉川 西洋ミツバチの養蜂によって、日本ミツバチの生息域が減少したことがあげられると思います。
西洋ミツバチの養蜂は、日本全国で行われていますが、先ほども言いましたように、西洋ミツバチは一群で3万から5万匹と繁殖力が強く、遠くまで飛んで行って蜜を集めます。それに比べて日本ミツバチは一群が5千から1万匹ほどで、おとなしい性格であるため、気性の荒い西洋ミツバチに蜜源も生息地域も奪われてしまうんです。また、日本ミツバチが西洋ミツバチの近くに巣を作ると、盗蜜といって、西洋ミツバチから蜜を奪われたりもします。
ですから西洋ミツバチの養蜂が盛んになるほど、日本ミツバチは生息しにくくなるというのが現状なんですね。
──その西洋ミツバチも減っていると言われていますが。
吉川 以前は、ネオニコチノイド系の農薬が問題だと言われていました。ところが現在では、東洋ミツバチに寄生していたヘギイタダニが西洋ミツバチに寄生して、それを人が養蜂のために移動させたことによって世界中に広がったことが、減少した主な要因と言われています。
巣箱を設置して日本ミツバチの繁殖環境をつくる活動
──吉川さんが代表を務めておられるビーフォレスト・クラブでは、どんな活動をされているんでしょうか。
吉川 私は2013年頃から、日本ミツバチを増やそうと、養蜂をしながら近くの森に巣箱を設置して営巣を促すという活動を始めました。そして2015年に、「巣箱を設置して日本ミツバチの繁殖環境をつくる」という目的でビーフォレスト・クラブを立ち上げ、巣箱設置の活動をより活発に進めるようになったんです。
ところがちょうどその頃、先ほど話したような伝染病が発生し、私が自然養蜂していた日本ミツバチをはじめ、多くの地域で日本ミツバチが壊滅状態になってしまったんですね。
そのとき、「もし、ミツバチがいなくなったら、日本の自然はどうなるんだろう」と大きな不安に襲われ、これは養蜂をやっている場合ではない、現状を少しでも良い方向に変えられるよう、できる限りのことをやろうと決めたんです。そして、わが家では、自然農法でお米や野菜づくりを行って半自給自足的な生活を進めながら、「日本に10万個の巣箱を設置する」という目標を掲げて(今では養蜂はせず、その他の在来種である花バチの繁殖環境づくりも実施)、ビーフォレスト・クラブの活動を日本各地で展開するようになったんです。
日本ミツバチの働きが森をつくっている
──ご著書の『ミツバチおじさんの森づくり』には、「日本ミツバチが森をつくっている」と書かれていますね。
吉川 その答えは難しくありません。日本ミツバチの巣箱を森に置いて、日本ミツバチに棲んでもらえばすぐに分かります。
草木は、営巣した日本ミツバチに授粉してもらえるように、たくさんの美しい花を咲かせます。花に止まって花粉を体につけたミツバチが、蜜を採ることによって授粉します。そして、巣に持ち帰った花の蜜を保管し、蜂蜜に加工して保存します。その蜂蜜が、ミツバチが森をつくっているという証なんですね。
日本ミツバチの一つの群れが、一年を通してどれくらいの数の花を訪れているのかと言うと、蜜源・花粉源植物であるネズミモチの花を例に、その蜂蜜の量から推測すると、日本ミツバチの一つの群れは、その周辺地域で1年間に17億個の花を訪れると推定されます。このことから営巣したミツバチが、巣箱周辺の草木の花や農作物に、どれほど多くの授粉作業を行っているかが分かるんです。
──すごい数ですね。
吉川 地域の植生によって、17億個の訪花数をはるかに超える場合もあれば、その逆に数億個という場合もありますが、群れの数が増えるにつれて、訪花数は膨大な数になるわけです。ですから間違いなく言えるのは、ミツバチの群れがその地域に存在することによって、草木の花の授粉率が確実に高くなっているということです。
その意味で、日本ミツバチは太古の昔から森づくりや農作物づくりに深く貢献してきたことが分かるわけで、もし、この日本ミツバチがいなくなったらどうなるか、その答えがここにあると思います。
日本ミツバチの生き方に感動して
──ところで、日本ミツバチと出合ったのは、どんなことがきっかけだったんですか。
吉川 私は昔、仕事場も住まいも大阪の中心地の心斎橋近くにあり、都会で暮らしていました。しかし、趣味で渓流釣りなどをするうちに、自然の中での生活に憧れるようになり、50歳になった頃に「もう都会での生活はやめよう」と思い、2004年の春、春日山原始林がある奈良公園の南側に位置する高畑町に引っ越したんです。
そして、地元の人たちに教えてもらいながら、小さな菜園で、ネギやジャガイモ、キュウリなどの野菜を作り始めました。すると、種や苗を植えれば、陽が射して風が吹いて雨が降り、野菜は自然に育ってくれるんです。しかも食べてみると、とてもおいしい。これはまさに“自然の恵み”だということに気づいたんです。そうするうちに、いっそ自分たちで米も作ろうと思うようになり、不耕起、無施肥、無農薬、無除草による自然農法で米を作るようになりました。
そんな私が、自然の中で生きる日本ミツバチの存在を知ったのは、自然農法を学びに自然農塾に通っていた2007年のことでした。ある日、テレビを観ていると、山奥で暮らす人の生活が紹介されていました。そこの森には野生の日本ミツバチがいて、巣箱を置くとミツバチが棲んでおいしい蜂蜜を貯めるので、それを採って生活の糧にしているというものでした。
何より驚いたのは、日本には外来種の西洋ミツバチだけでなく、野生の日本ミツバチがいて蜂蜜が採れるということでした。しかも、テレビで観たところ、森の中での日本ミツバチの養蜂は、餌をやるなどの世話をしているようには見えなかったので、なおビックリしたんです。
──そこから、何か感じるものがあったんでしょうか。
吉川 ええ。自然農法でジャガイモの種イモを植えたらひとりでに実がなるように、森に置いた巣箱に、いつの間にかミツバチが棲んでひとりでに蜂蜜が貯まるというのは、自然農法のやり方と似ているなと思ったんです。
何より惹きつけられたのは、日本ミツバチの「自由さ」でした。自然には本来境界というものはありませんが、自然農法であっても、耕作できる自分たちの田畑の中の限られた範囲で作物を育てています。ところが日本ミツバチは、遠くの森や公園の花壇、街路樹、向かいの畑、家のプランターの花などを自由に訪れているんですね。
その姿を見たとき、私は直感的に、「日本ミツバチの自由さに倣いたい」と思いました。同時に、私たちは自分や家族のためにお金や作物などを「得る」ことを主な目的として働いていますが、日本ミツバチは、野山の草木に授粉という「与える」役割を担いながら、蜜を集めて「得る」生き方していることに気づいたとき、「なんと素晴らしい生き方があるんだろう」と感動して、日本ミツバチに畏敬の念さえ感じました。
それから自然農法で農作物を作るように、日本ミツバチの自然養蜂をするようになったんです。
日本ミツバチから教えられた他者を豊かにする生き方
──最後に、日本ミツバチからどんなことを学んだかについて教えていただけますか。
吉川 私は野山の草木に授粉を行い、「与える」という役割を担う日本ミツバチの生き方を通して、ミツバチと森との深い繋がりを教えられました。それだけでなく、それまでは仕事や趣味においても、自然を壊す、自然に負わせる生き方だけしかしてこなかったことを教えられた気がします。そして、自分を満たすことだけで満足するのではなく、自分の周りの人や自然を豊かにできる役割を担える人になって、「他者を豊かにしながら、豊かな森で生きることが本当の幸せというものなんだ」ということを学んだように思います。
この気持ちを忘れず、蜂蜜を採らない自然養蜂家として、日本の生態系の中で重要な役割を果たしている日本ミツバチや花バチの繁殖しやすい環境のために、全国を飛び回っていきます。
(2022年6月4日、インターネットを通して取材)
聞き手/遠藤勝彦(本誌) 写真/堀 隆弘