M.Tさん(61歳) 東京都国分寺市
取材/原口真吾(本誌)
撮影/堀 隆弘
自然を、もっと近くに
7月下旬、生長の家東京第二教区の夏季青少年一日見真会*1が開催されたのは、八王子市郊外の里山にある「夕やけ小やけふれあいの里」。「火と水といのちの体験」をテーマに、火おこし体験やカレー作り、川遊びを行った。当日は20名ほどの小学生が参加し、大きな笑い声を青空に響かせていた。
*1 教えを学ぶつどい
「燃えやすい細い枝から、太い枝に、火をバトンタッチしていくんだよ」
運営スタッフから説明を受け、小学生たちはかまどに薪を組んで着火し、おっかなびっくり取り組む。無事に太い薪に燃え移り、炎が大きくなると、子どもたちは、どこか誇らしげな顔つきになった。
「東京でも郊外に少し足をのばせば、自然公園や雑木林があって、春を探しに出かけたり、落ち葉のクッションに飛び込んだりと、1年を通して自然体験プログラムを企画しています」
と、運営を担当する白鳩会員*2のTさんがにこやかに話す。
*2 生長の家の女性の組織
「自然って、楽しいって感じてもらえたら大成功です。自然との距離が近くなれば、自然に対して親しみや大切にしたいという気持ちも、自ずと培われていくと思います」
米を研ぐ係や野菜を切る係など、みんなで分担し、力を合わせて作ったカレーをお腹いっぱい食べた後は、休憩を挟んで川遊びが始まる。水を掛け合ったり、きれいな色の石を探したり、虫や魚を捕まえて観察したりと、楽しみ方は様々だ。中には石の大きさや重さによって、落としたときの音が違うことを発見し、何度も試している子もいる。
川に入るのを怖がっていた小学校低学年の男の子を、高学年のお兄さんが「大丈夫だよ」と手を取ってあげたりしている。
「大人が何をしなくても、子どもたちは自分から遊び方を見つけて、どんどん展開していきますね。ときには捕まえた虫が、逃がす前に死んでしまうこともありますが、それも大切な経験だと思います。失敗を繰り返しながら、いのちとの向き合い方や、愛の心を育てていってほしいです」
次男の実相は完全円満
Tさんが生長の家の教えに触れたのは平成7年のこと。その年に誕生した次男の右腕が、麻痺のため動かなくなったのがきっかけだった。
「難産のため機械で吸引することになりましたが、次男の体に無理な力がかかって、右手を動かす神経が切れてしまったんです。脳にも出血が見られたので、次男はそのまま入院し、私だけが退院となりました。不安でいっぱいになっていたとき、義母から生長の家の練成会*3を勧められました」
*3 合宿して教えを学び、実践するつどい
生長の家で、「現象はない。神の子である人間の実相*4は完全円満である」と教えられ、練成会から自宅に帰った後も、次男の回復を祈って必死に聖経*5を誦げ続けた。その後、次男は14時間にわたる手術を受け、神経をつなぐことはできたものの、不自由なく動かせるまでは回復しなかった。
*4 神によって創られたままの完全円満なすがた
*5 生長の家のお経の総称
それでも、物事の明るい面に心を向ける生長の家の教えに救われた、とTさんは話す。
「次男のできることに目を向け、チャレンジする心を応援してきました。学校でもクラスメートが積極的にサポートをしてくれたおかげで、明るさを失わなかったんです。ちゃんと産んであげられなかった罪悪感でいっぱいでしたが、次男は障害があることに悩んだり、引け目を感じることなく育ってくれて、それが何よりも嬉しかったです」
子どもの頃の体験は宝物
Tさんの夫は教職に就いており、あるとき、東京都島嶼部(とうしょぶ)の八丈島の学校に勤めたことがある同僚から、島の魅力を伝えられたという。
「私もその気になって、夫に異動願いを出してもらうと本当に叶ったんです。子どもたちが、まだ小学校1年生や幼児の頃でした。水中メガネで海をのぞくと、魚がいっぱい泳いでいて、子どもたちと一緒になってはしゃいだり、宝貝を探したりと、外でたくさん遊びました。今でもその頃の話が出るくらいです。八丈島の自然を満喫した3年間は、子どもたちに大らかさを与えてくれたように思います」
Tさんは八王子市の出身だが、子どもの頃はまだ周りに田んぼも多く、あぜ道で花を摘み、ままごとをしたり、空き地に秘密基地を作ったりして遊んでいた。それが今はどこも宅地になり、空き地も無くなってしまった。
「そうしたらいつの間にか、人に対しても自然に対しても、『余裕』が無い社会になりました。迷惑だからと除草が徹底され、公園ではボール遊びも禁止されています。ですが、迷惑をかけて謝ることも、子どもが社会性を学ぶ上では必要ではないでしょうか。少しの危険も問題にされがちですが、私たちが子どもの頃は当たり前にできていた“冒険”ができず、ストレスを抱えている子どもが多いように思います」
この見真会で、子どもたちの目が一番輝いたのは、休憩中に探検に出かけて、セミの抜け殻や大きなカタツムリを見つけたときや、川に何か生き物がいないかと、大きな石をひっくり返す瞬間だった。幼い頃の冒険の一つひとつが、かけがえのない思い出となり、そんな宝物を与えてくれた自然は、大人になってからも、自分の一部のように感じられることだろう。
自然との一体感とは、例えばこんなことではと、Tさんは教えてくれた。
「夏の日に庭の雑草を抜いていたら、葉の上にバッタを見つけてふと、『そうだ、ここに棲んでる虫もいるんだ』と思い、この部分だけは残しておこうと手が止まりました。私が子どもたちに育んでほしいのは、そんな感覚なのかもしれません」
多くの子どもたちに囲まれていた、Tさんの笑顔が印象的だった。