24歳・女性
私は3歳の時に両親が離婚し、年の離れた2人の姉たちと共に、母に引き取られました。私たちは、祖父母が暮らす母の実家に身を寄せ、母は忙しく働きながらも、私たちに愛情を注いでくれました。祖父母も私たちを可愛がってくれたので、あまり寂しさを感じることはありませんでした。
母は離婚後に生長の家の教えに触れ、私は母に連れられて生命学園*1に通うようになり、その後、毎年小学生練成会*2にも参加するようになりました。練成会では、「人間は皆、素晴らしい神の子である」という教えを学び、人を敬うことの大切さを教わりました。
*1 幼児や小学児童を対象にした生長の家の学びの場
*2 合宿して教えを学び、実践するつどい
小学生の頃は仲の良い友達に恵まれていたのですが、学区割のため私だけ違う中学校に進学することになり、その中学には小学校が一緒だった人がいませんでした。私は別の小学校から進学してきた女子の輪に入れてもらえず、男子から「一人ぼっち」とからかわれるようになり、学校に行くのが嫌になってしまいました。
母は私の気持ちを尊重してくれていましたが、祖父は、「子どもは学校に行くのが当たり前じゃないか」と、母に声を荒らげることがありました。学校に行かなくなった私のせいで、祖父から注意される母に申し訳ない気持ちでいっぱいになったものの、どうしても登校する気にはならなかったのです。
気持ちの変化
やがて夏休みに入り、引きこもっている自分を変えたいと思い始めた頃、母から、中高生の練成会への参加を勧められました。
練成会では、「心で思い描くことが実現する」という講話を聞きました。さらに、日時計が太陽の輝く明るい時間だけを記(しる)すように、毎日の生活の中でうれしかったことや感動したことなど、明るい出来事に心を振り向け、それを思い出して感謝する「日時計主義」の生き方の大切さについて教わりました。母から「『日時計日記*3』をつけるといいよ」と言われて書き始めましたが、数日で書くことがなくなってしまったのです。
*3 太陽の輝く時刻を記録する日時計と同じように、毎日の明るい出来事や希望や感謝の言葉を書き留める日記帳。生長の家白鳩会総裁・谷口純子監修、生長の家刊
そんなとき、ふと小学生の頃に夢中になってアニメのキャラクターを描いていたことを思い出し、『日時計日記』の目標の欄に「勉強と絵を頑張る」と書き、毎日のように絵を描いていると、次第に気持ちが楽になっていきました。
2学期が始まり、担任の先生から登山学習への参加を勧められたので、私は勇気を振り絞って参加しました。最初は一人だけ浮いている感じがして緊張していましたが、途中から話しかけてくれる子もいて、同級生と話ができたことがうれしくなり、もう少し頑張ってみようと思いました。
その後、学校の保健室で学習ドリルをし、放課後は在籍していた美術部で絵を描くようになりました。美術部の人たちと徐々に話せるようになって、学校生活で感じていた恐怖心も薄らでいきました。週に2、3日は登校できるようになったので、母も祖父も喜んでくれました。
ところが、2年生に進級した頃、一人暮らしをしていた大学生の一番上の姉が病気で倒れ、母が身の回りの世話をするために姉のもとに行くことになったのです。一番頼りにしていた母がいなくなってしまい、私はまた不安を感じるようになってしまいました。
毎日登校していないのに、美術部には顔を出して活動していたので、一部の男子から嫌味を言われたりしましたが、「今は話せる美術部の人がいて、一人ぼっちじゃない」と自分に言い聞かせ、なんとか暗い感情に捉(とら)われないようにしていました。
明るいことに意識を向けて
その後、姉は1年後に体調が回復し、母も家に戻ってきて、私はカトリック系の女子高校に進学することができました。普通に登校して授業を受けられているということに、喜びを感じました。
女子にありがちなグループ意識から、他のグループの悪口を言う同級生もいました。でも、私はそれに同調しないようにして、悪口を言う子にも、悪口を言われている子にも、必ず良いところがあると信じ、誰に対しても分け隔てなく接するようにしました。
それが先生の目に留まったのか、先生から生徒会に入るよう勧められ、生徒会活動や文化祭などの行事に取り組むようになり、充実した高校生活を送りました。
高校を卒業後、私はデザイン全般を学べる専門学校で水彩画や油絵の技術を学びました。そして現在は、会社員をしながら、絵を描く仕事もしています。
家に引きこもっていた中学の頃の私は、自分自身を責め、いつもモヤモヤとした気持ちを抱えていました。でも、生長の家の日時計主義を学び、明るいことに心を向けるようになってからは、世界は嫌なことだけではないと感じられるようになりました。「環境は心の影であり、心で想うことが実現する」という教えを大切にして、これからも今を前向きに、明るく生きていきたいと思っています。